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飯塚毅先生講話集

 当事務所はTKC全国会の会員です。TKC全国会とは、租税正義の実現を目指し、関与先の永続的な繁栄に奉仕する、わが国最大級の職業会計人(税理士・公認会計士等)の集団です。このTKC全国会は、飯塚毅先生により創設されました。残念ながら、飯塚毅先生は、平成16年(2004年)11月23日に亡くなられましたが、税務・会計・経営の分野だけではなく、禅にも造詣が深く、悟りを開いた方でした。又、人間洞察に富んだ大変すばらしい、心が洗われる講話を多数残されております。このコーナーでは、その一部ではありますが、飯塚毅先生の講話をご紹介したいと思います。

1.演説の極意 

2. その鳥を狙うな

3.モルガン財閥の黎明期

4.抜群に昇進する者の条件

5.意識慣習の除却

6.直感力の培養

7.先入観の拘束からの脱却

8.発展格差の原因 

9. 瞑想の実践 

10.自ら自分の手で迷いを取り去ること 

11.自己における主体の探求   

12.人間としての生きざま

13. 一心不生の自己修練

14. 天然の釈迦なし

15. 心が固着していないこと

16. 因縁・縁起の重視

17. 二念を継ぐな

18. 空の確証体験

19. 心の動き

20. 看て取れよ 看て取れよ

21. 心の無限の浄化

22. 最高の生きざま

23. 心を耕す

24. 自己探求とは

25. 禅について(その1)

26. 禅について(その2)

27. 師匠の師匠

 1.演説の極意

 大乗仏教の経典の中に「金剛経」というお経があります。正しくは、「金剛般若波羅密経」と呼んでいるようです。あるとき、お釈迦様が、1000人以上もの大衆の前で、長老の須菩提(しゅぼだい)との間の問答の形式で仏法を説いた記録である、という形になっています。このお経の一番最後にきて「人の為に演説する」話が出てきます。漢文訳の経文によれば、「去何為人演説。不取於相、如如不動」とあります。現代文に翻訳すれば「どのようにして、人のために演説したら良いのですか」との問いに対して、「相を取らなければ、如(にょ)の如(ごと)くに不動なのだ」と答えているのです。これが、お釈迦様の回答になっているのです。グサリと急所を突いた答弁になっているわけです。答弁は、これっきりなんです。

 そこで皆さんとご一緒に考えてみましょう。私達が人の前で演説する場合、よほど馴れた人でもない限り、人の数とか、人々の眼とか、人々の顔付きとか、その場の雰囲気とか、会場を支配している熱気とか、いろいろな要素(それを、相と言っています)の影響を受けて、のどが無闇に乾いたり、足もとがガタガタ震えたり、声がでなくなったり、思うことが半分も言えなかったりしてしまうのではないでしょうか。それは、お釈迦さまに言わせると、眼や耳や鼻や皮膚や、はた又自分の観念などから取り込んだ諸要素に、自分自身がかき廻されているからだ、ということになります。

 相を取らず、というのは、そういう諸要素を自分の心の中に取り込まない、ということなんですね。眼で見たら見たきり、耳で聞いたら聞いたきり、鼻でかいだらかいだきり、皮膚で触れたら触れたきり、心の対象としての観念をもったらもったきりで、それらに更に、自分の心の方から、おまけを付け加えない。別言すれば、それらの諸要素に自分の心を占領させない、ということなんですね。ここに演説の極意があるのだ、そうすれば、心は如の如く不動なのだ、というのです。如のごとく、というのは真如のごとく、という意味でしょう。絶対の真理のように、微動だにしないものなんだよ、とまことに親切に解明してくれているわけです。

【相(そう)を取らざれば如(にょ)のごとく不動なり】 

飯塚毅著作集Ⅱ 『激流に遡る』 23頁より抄録(演説の極意について)         

 2.その鳥を狙うな

 皆さんもご存知と思いますが、市村清さんが、株式会社リコーという会社をつくった。大きな会社を作ったあの市村清さんが、帝国ホテルで、講演された時、私は聞きに行ったことがある。その時の題が変わっていました。「その鳥を狙うな」という題なのです。おかしな演題だと思いましたら、理由があるのです。結局、市村清さんが、あの貧乏書生からどうやって何百億円かの大企業をつくったかということの秘訣を話したのです。これは経営者としては、非常に得るところがあります。

 市村さんは、小さい時に、お父さんに連れられて、よく山へ、鳥をとりに行ったそうです(注:現在では鳥獣保護法で禁止されている行為ですが、当時は法律の規制はなかった時代です)。それで、鳥の狩り場に着くと、お父さんが、釣竿みたいな長い竿の先に、鳥モチをべったりくっつけたものを、一本作ってくれるんだそうです。市村さんに「おい、清、お前これ持っていけ」、お父さんも一本持って行く。山へ入って行くと、お父さんはぺったり、ぺったり、次から次へと鳥をとるというんです。市村さんは、一日、山を駆け回っても一羽もとれないで帰ってくるという。「なんだってうちの親父はあのようにうまいんだろう」と。その時に、その質問をしたら、お父さんがいった。「清、お前は間違っているんだ。お前は鳥を狙っているんだろう。だから駄目なんだ。あの鳥の姿勢、うん、この風向きから見て、鳥は必ずここへくる。と、こうやるんだ」というんですね。それで、その鳥が、あの木の揺れぐあい、あの風の吹きぐあい、刺激を受けた場合には鳥は必ずこう逃げる。その先へ鳥モチを持っていっておく、というふうにやる。百発百中だというんです。

 つまり、多くの事業者は「あっ、これは儲かっているな」と思うと、過去に儲かっていたところだけをスーッと狙っていってしまう。従って、儲けは自分のものにはならないわけです。そうではなくて、国民経済の風向きがこうなので、鳥の姿勢はこうなのだから、刺激を受ければこう飛び立つと、従って、ここへ鳥モチを持っていけば必ず捕らえることができる。これですよ。このためには、皆さんには総合的判断能力と直感力が必要なのです。その直感力をどう養うのかというのは、さっき申し上げたように(注:飯塚毅先生の別の講話にて紹介します)、原価が一円もかからないところだけれども、わが国のほとんど大部分の経営者が怠っているところなんです。直感力を磨くということを怠っているところなんです。

飯塚毅著作集Ⅰ「会計人の原点」116頁より抄録(経営は社会経済の条件によって盛衰する)             

 3.モルガン財閥の黎明期

 「利他に徹すると経営は無限に発展する(徹底して人様のためにと、割り切ってこそ、利益が初めて返ってくる。たっぷりと返ってくるのです。)」これは、モルガンがそう言っているのです。モルガンは、有名なアメリカの財閥の創始者です。ご承知と思いますが、モルガンという財閥系の6つの会社の売上金額は、日本の国家予算よりは大きい(注:昭和48年当時)のですから、いかに大きいかがわかります。なるほど、今日では世界一といわれる大財閥でありますが、モルガンが、20歳代に、香港にいたことがある。実はこの話を、私は学生時代の恩師、イギリス人のグリッグス教授から聞いたのです。

 今日では世界的な財閥のモルガン、彼は青年の時は貧乏だった。そして彼は嗅(かぎ)煙草を売っていたそうです。嗅煙草というものを、われわれは経験しておりませんが・・・。ある日のこと、そのモルガン青年のところに、貧乏ったらしい、乞食に近いような女の人が嗅煙草を一つだけ買いにきた。1セント(注:1ドルの100分の1)か2セントでしょう。彼はその時、グリッグス教授が言うのには、「実に優しく、もう、この人の煙草以外は私は一生涯買わないわ。とその女の人が思い込むぐらいに、素晴らしい親切さと快適さで売った」というのです。どういう言葉を使ったかは知りませんけれど、最大級の、といって見えすいたようなお世辞じゃなかっただろうと思うのですが、よほど快適な、気持ちのいいあしらい方をしたと思うのです。身なりの悪い女性で、しかも買いに来たのはわずか1セントか2セントの嗅煙草一つです。その時にグリッグス教授は、われわれ若い学生を前において曰く、「お客様というものに、ああ、私はこの店以外は一生涯よそへ行っては買うまい、というほどの、快適な、感激する気持ちを与えるほどのサービスをやっても、原価は一円もかからないんだよ」と。

 わが国の文房具屋などに行きますと、よく小学生が10円ぐらいの消しゴムなんかを買いにくると、小学生の顔も見ない。「はい、ほら」なんて言って渡している。この少年や、この少女が大きくなったら、一生涯、我が店のお客としてとどまってくれるかどうかというその境目なのに、この文房具屋は、本当にご自分の商売を愛しているのかいないのかと、店主に向かっていいたくなるような情景を見受けます。もっとお客様というものに、生涯の選択をさせるほどの快適さというものを与えるようなムード作りをやってもいいのではないか。・・・モルガンはそれをやったそうです。そして、彼はいかなる場合でも、常に無制限にお客様が増えたという。気が付いてみたら、あれよあれよといううちに、一生涯の内に世界最大の財閥になった。私は、青年の日にモルガンの話を聞き、日本でも「塵も積もれば山となる」とか、「一銭を笑う者は一銭に泣く」とかいう言葉がありますけれども、モルガンという実在の世界の大財閥が、青年時代には実はわずか1セントかそこらの嗅煙草を売っていたという事実を聞きましてね、財をなす人間は心構えが違うのだな、としみじみ思った次第です。

 飯塚毅著作集Ⅰ「会計人の原点」108頁より抄録(自利利他の実現を本気で考えるものとそうでないもの)               

 4. 抜群に昇進する者の条件

 アメリカ、イリノイ大学の経営学、ジョーンズ教授著で、『Executive Decision Making(執行機関の意思決定のしかた)』の書物の169頁を見ますと、どういう会社、どういう事業体に入っても、必ず抜群の成功を遂げる人と、いくら努力しても失敗ばかりする人とがあるといっています。抜群の伸びを示す人は必ず、少なくとも次の4つの条件はもっていると書いてあります。これがきつい、難しい条件です。

 第一は、自分の仲間の顔を見た瞬間に、額のうしろに何があるか直ちに直覚できるということ。たとえば同業者に会って、あるいは自分の会社の中で「やあ、おはよう!」と、会った時に、その時、その相手の額のうしろに、今何があるかということが、パッとわかるかどうか。

 それから、第二の条件は、あなたはものを考える時に、自己中心から離れて発想できるか。つまり、自己中心の発想法からあなたは抜け出しているかどうかということ。

 第三の条件は、人々に方向を与えられるかどうかということです。つまり、ジョーンズ教授は「万巻の書を読んだとか読まないとかいうことは関係ない」と書いております。大学教授がいっているのですから驚くばかりです。ちょっと脱線して恐縮ですけれども、ドイツの天才的哲学者ニーチェは、『人間的、あまりに人間的』という書物の中でいっています。「人間社会における偉大さとは何であるか、偉大さとは方向を与えることである」と。

 第四の条件は、イエスとノーとをはっきりいえるかどうかということです。本当に財をなして成功する人は、イエスか又はノーかをきっぱりいえる人なのです。

 私どものような不肖なる者は、とてもこの四つの条件などをもってはいませんけれども、お互い短い人生の中でこの四つの条件をかみしめていこうではありませんか。

 人に会った時、相手の額のうしろには今、何があるか?いい換えれば直観能力です。直観能力を豊かに養っていかなければ駄目です。直観能力をどうやって養ったらいいのか、実はそれは簡単です。瞑想することです。瞑想する場合に大切なことは、自分の心の中に塵ほどのごみもない、塵ほどの邪魔物もない、全く無念無想である。そういう状態を自己修練すればよいのです。つまり、本当に無念無想になるという訓練をうんと積んできますと、自然と直観能力が身に付いてしまいます。ここが大切な点です。無念無想になる修練をうんと積むと、自分の心がいつの間にか鏡のようになる。それを禅のほうでは宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)といいます。無念無想になりきった状態でいると、すべてのものが、鏡に映るようにちゃんと映る。したがって、この相手の腹の中を見てやろういうふうに構えてはいないけれども、腹の中がピタッ、ピタッ、と映るというのです。

飯塚毅著作集Ⅰ「会計人の原点」110頁より抄録(経営組織の中で抜群に昇進する者の四条件)      

 5.意識慣習の除却

 自己探求、自己【自分の感覚を含めて、感覚によって外部世界の認識を構成している自分の主人公(注:禅語)、即ち己が心の本質】を探求するには、いろいろな邪魔者があることが分かります。

 第一の邪魔者は、心が静まらない、雑念が多発するということです。この状態を突破するためには、禅宗、特に臨済宗の中興の祖といわれた白隠禅師が指摘されたように『二念を継がない』、つまり、【ある観念が生起したときに、それに関連する第二の観念を持たない】、との修練を積み重ねることです。

 また、【この観念は、どこから来て、どこへ去るのか、との一点を徹底的に自問自答してみる】のも一手です。大乗仏典は「無処従来亦無処去」(より来る処もなく、また、去る処もなし)と教え、要するに雑念多発は自分が勝手に幻影を自家製造しているだけなのだよ、と教示してくれています。

 第二の邪魔者は意識慣習です。禅のほうでは習気(じっけ)というようですが、大乗仏典ではよく薫習(くんじゅう)という言葉を使います。要するに【習慣によって心にしみついたもの】、のことです。人間の大部分の人達は、潜在意識の底にしみ込んだ意識慣習に従って思考し、発言し、行動を選択しています。これを除去することが大問題なのです。又、生半可な修業では脱却できません。この薫習からの脱却は、命がけの徹底した修練を要する処です。これが出来てくると、人間は真の自由を得ることとなります。

 事物の真相の端的な把握、問題発見能力の自由な発揮は、この百錬千鍛の度合いに比例するものと見てよいでしょう。何を百錬千鍛するのかといえば、結局は空観(くうがん)に徹してゆくことだといってよいでしょう。【我が空である。唯一の実在は不生である】(『善勇猛般若経』)との根本体験を確証し、かつ、深めてゆくことでしょう。その場合、途中で、「ただ空に執われる病気だけが残る。その空の病気もまた空ずるのみである。」(『維摩経』)という体験に突き当りますから。ご用心願いたいのであります。 

【二念を継がず】

【より来る処もなく、また、去る処もなし】

【我が空である。唯一の実在は不生である】

 飯塚毅著作集Ⅱ『激流に遡る』165頁 より抄録(邪魔者は何か)

 6.直感力の培養

 私は、かつて7年間もの法廷闘争に巻き込まれた経験をもっていますが、その間に、優れた弁護士がいかに直感力に溢れているか、その法廷活動は一種の美的芸術品でさえあることを痛感させられたことがあります。職業会計人も全く同様だと思います。

 その要点は、エゴを克服し切っていないと、直感力は生まれない。エゴの克服の日常的な努力が払われないと、直感力の培養はできない、という点であります。我が国の職業会計人は、このエゴと直感力との関係を、どうお考えでしょうか。少なくともこの文章を読まれている皆様が、この点に重大な問題が伏在していることを悟り、直感力の発揮と培養とに勉めて欲しいものだと願って止みません。

 江戸時代の臨済宗の禅僧で無師独悟(注:師匠なくして悟りを開いた人)したといわれる盤珪禅師は、『一念不生なれば心肝を徹見す』という言葉を残されました。つまり、【事に臨んで一点の利己心も、自我意識も、従って不安感も迷いの心も、何にも生じない。念という念が塵一つほども生じない。】、西田幾太郎先生の言葉を借りれば「純粋意思による自己統一体」にある。こういう状態のときに、相手の心肝を掌(たなごころ)に見るように徹見できるのだ、と盤珪禅師は、直感力培養発揮の方法を教え残してくれたのでした。

 われわれ凡人は、年がら年中、雑念と妄想の中に埋まって、雑念妄想と一緒になって物事に対しています。そこで事態の真相が徹見できない。誤ちばかりを犯している。業績は上がらない、ということになります。エゴの克服がいかに重大かを、皆さんと共に反省せねばならん、と思う次第であります。

【一念不生なれば心肝を徹見す】

飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」139頁より抄録(エゴを克服しない会計人には大した業績はない)         

 7.先入観の拘束からの脱却

 世の中を見回しますと、成功者といわれる人と、失敗者といわれる人の比率は、半分半分ではないと思います。失敗者と見てよい人々の比率のほうが圧倒的に多いのと違いますか。もちろん、成功者といわれる人も星の上なるものが支配する運と偶然によっている場合もあり、失敗者といわれる人も、同一の事情下にあると思います。しかし、私は、虚弱児といわれた少年時代から、闘志の権化のように見られている62歳を超えた今日まで、人生の幾山河を超えてきてみて、失敗者と認められる人のほとんど全部は、心中で、先入観の拘束を受けていた人だったと気付いています。「まさか、そうなるとは、思っても見なかった」、「そこは、差し支えない、と思っていたんだ」という、後悔の一言が一生涯ついて回っているタイプの人。そういう人が、人生の失敗者となってゆくのと違いますか。

 つまり、どうしたら、わが心底から一点の先入観をも払拭して空々寂々たる心境を手に入れるのかが、この人生の勝負どころではないでしょうか。ここのところを、皆様は、お気付きでしょうか。「自分って、こういう人間なんだ。」と決めてかかっているお方は、意外に多いのですが、これも大きな先入観の一種ですね。いわれ無き自己限定の中で暮らしていて、それを疑わない態度は、決定的な失敗の素因だ、とは思いませんか。

 十中八九までの人々が、エゴ中心の発想法を持っています。アメリカのイリノイ大学のジョーンズ教授が、その著書『管理者の意思決定』の中で指摘しているように、だから成功者は少ないのだ、といえましょう。

 六年の飢寒の体験と麻麦の修業をした、といわれる仏陀(お釈迦様)がおりましたが、仏陀の悟りの中核をなすものは、【時間的にみての自己同一性という意味での自己は存在しない、ということを確証した点にある】、といってよいでしょう。現代科学は、一分間前の自分と、一分間後の自分とは、似ても似つかぬほどの変化を遂げている、という科学的事実を実証しました。それを、2500年前の仏陀は、瞑想体験の中でこれを確証したのですから、凄い、といえましょう。実際に、本格的な瞑想体験をもたない者には、自己(エゴ)は実在しない、といわれても、そりゃ嘘だ、としか思えないでしょう。この点の確証を、体験的に終わった者にとっては、当たり前のことなのです。

 ですから、ありもしない「自己」のために、あくせく働くことなどは全くのナンセンスです。最澄伝教大師が、「自利とは、利他をいう」と叫んだのは、【自我の本質的不存在を確証したから】、言えた言葉なんですね。経験的に実在すると見える自己は、本質的には無いのです。この辺の消息を、西田幾多郎先生は、「絶対矛盾的自己同一性」と表現したのだ、と思います。常に、エゴ中心の発想法の中にいる人々には、本格的な発展の契機はないものと、覚悟していただきたいのです。

飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」320頁より抄録(人間のいきざまについて)

 8.発展格差の原因

 40歳までの私は、妙に肩肘(かたひじ)に力が入るくせを持っており、人間関係や世情を見ては、悲憤慷慨するというタイプでした。それが、どういうわけか、40歳を越した頃から人間社会というものは見物するに堪えたるものだなあと、思うように変わってしまいました。

 つまり、犯罪を犯すような奴がいればこそ、警察官や監獄の看守も失業しないで済んでいるので、ある意味では有り難い存在なのだ。又、信ずるという精神機能の薄弱な者、中途挫折の惰性をもっている者、物ごとを正面から素直に見られない者、嫉妬心が強いばかりで自分の足下が見えない者、利己中心の発想法から一歩も出られない者、邪推ばかりをしたがる者、いや実に限りないほどの多様性が、この人間社会には在るのであって、だから仏典には六十心とか、1240種の心の段階とかが説かれているのだな、と分かってきたせいかも知れません。精神模様の変化であります。

 絶対に確実なことは、あなたがロビンソン・クルーソーのように絶海の孤島に一人で生きているのではないということですね。【あなたの現状は、あなたがいままで、どういうイメージを人間社会に与え続けてきたかの集約結果に過ぎないのだ】と喝破したのは、アメリカのインゼルバーグ会計士でした。

 非常に面白い、と思われる現象は、大発展をとげている人は、決まって、【格差を作る主人公は俺自身なのだ】と考えており、反対に足踏み転落を続けている人は、【格差原因は俺以外の環境条件の中にあるのだ】と思い込んでいることです。

 立地条件が悪いせいだ。経済環境が貧困なせいだ。ろくな職員がいないせいだ。TKCのシステムは難し過ぎる。研修会に出たって一文にもなりはしない。何だかんだと拘束ばかりしやがる。俺がろくに喰えないのに、なんで他人の入会まで勧められるか。こういう思考が自分の運命を否定的方向に刻んでいる事実に気付かないのですね。

 旧約聖書の語るところによれば、モーゼはエジプトの地に奴隷として酷使されていた60万人の同胞を救うべく、決死的な奮闘の40年間を費やしたという。皮肉にも彼は、救わんとした同胞たちの不満・反感・動揺・暴動に悩み抜いたということです。私は、それを人生の面白さだと受け取る。ゲーテが親友のエッケルマンに告白したように、【人生が平坦な道路を進むだけなら、面白みも何もあったものでは無い】からです。

 モーゼの苦悩はともかく、格差を作る主人公は誰なのかの問いは、真面目に吟味されてよいテーマだと思います。 

飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」199頁より抄録(発展格差の原因は信不信の間にあり)     

 9.瞑想の実践

 心が寂静のうちにあり、淡々として如何なる困難も意に介せず、悠々と目的達成の途を歩む者と、心が常に泡立っていて不安と動揺に突き動かされ、外観上は迷いを楽しんでいるのかな、と思わせるほどのお方と、顔が違うようにさまざまですが、その原因はなんでしょうか。

 京都の大徳寺の開山である興禅大燈国師が、『道(い)うを信ぜよ、天然の釈迦なし』と戒めたように、生まれたときから、心の寂静を保っている人(お釈迦様の様な人)なんて、まずこの世の中にはいないでしょう。

 二十世紀に至って人類の生物学は、すべての個体が、この地球に生をうけ出してから現時点までの生命の歴史を、その個体の体内に記憶し、保持しているとの事実を突きとめております。これは人類の驚くべき発見でした。

 オーストリアの精神科医ジグムント・フロイトは、その主著『精神分析学入門』の中で、人間の夢やノイローゼやヒステリー現象の研究の結果、人間はその無意識層の中に、各種各様の抑圧意識をもっており、それを患者との間の人間的信頼関係を構築していくなかで、本人に解明してやることにより、ノイローゼやヒステリーの治療が可能となったことを報告しています。この潜在意識あるいは深層意識の中に蓄積された抑圧意識は誰でも無数に持っております。人間の深層意識の中には、原始時代の遠い先祖が受けた恐怖感や抑圧意識がストックされているそうです。こういう人間の意識構造を古代の仏教は2000年以上も前に既に発見していたのですから、驚きいったものです。そして、それからの脱出方法も教えているのですから、大したものです。

 その脱出方法は、簡単にいえば、【瞑想の実践】です。瞑想の中で、人は意識を含む一切の事物に固定的実体のないこと、自我さえも非実在であることを発見し、確証することが出来ます。如々にして去り、如々にして来るが故に如来さまと名付けられる人間の終極的主体も、実は何らの相も持たない、その意味で本質は不生である、と分かってきます。この不生の体験を徹底して推し進めてまいりますと、心底に押し隠された抑圧意識が徐々に静化され、塵一つもない寂静の境涯に到達することができます。『勝鬘経』の中で勝鬘婦人は、「空は空にして不空なり」と告白し、空に徹してみると、逆に驚くほどの徳目と知恵とを、本来自分が身につけていたことが分かってくる旨を述べています。ここが職業会計人の勝負どころでしょう。

 人類史上最高の人物といわれる釈迦の根本体験の正当性を信じて、一直線に瞑想の極限を究めんとするか、それとも従来の惰性にしたがって不信と愚痴と迷いの生活を続けるか、であります。この信と不信との間に立って、いずれを選択するのか、この辺に発展格差の本当の原因がひそんでいると、私は見ているのです。

飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」203頁より抄録(信と不信との間にあるもの)             

 10.自ら自分の手で迷いを取り去ること

 過日ある新聞を見ていましたら、プロ野球の読売巨人軍の選手だった王貞治氏が、現役時代にものすごい成績を上げたが、それは単に彼が技術で優れているばかりでなく、自ら自分の手で迷いを取り去っている結果だ、という記事が載っており、深く感銘しました。実は、ものすごい成長ぶりを見せている会計事務所は、例外なく、技術、つまり巡回監査やデータ処理の領域で懸命に腕を磨いて、優れた水準に達しているばかりでなく、「自ら自分の手で迷いを取り去っている結果である」ことが歴然として明白だからであります。

 アメリカの会計学者のリトルトン教授の弟子のマウツ氏は、有名な『監査の哲学(Philosophy of auditing)』を書きましたが、一般に我が国の会計人は、哲学的、根本的思考には不慣れのようであり、自分自身の内なる迷いが、自分の会計人としての発展を大きく阻害している事実に想い至らない方が、意外に多いように見受けられるのであります。そして、迷いは本来自分が勝手に製造しているものに他ならないにも拘わらず、あたかも、迷いを、自分の主観と離れた天然現象のごとくに見なして怪しまない、という態度をいつまでも続けている方を、お見受けするのであります。

 禅宗、特に臨済宗の中興の祖といわれた白隠禅師は、その『座禅和讃』の中で、「いわんや自ら回向(えこう)して、直(じき)に自性を証すれば・・・」と申しております。今までは、習慣化して、怪しまなかった迷い続発のわが心の在り方に対して、向きを換えて吟味検討の刃を向け、俺のこの迷いの根源は何か、何がその真の源泉なのか、と真っ向から切り込んで、そうして直ちに、俺の本心はいったい何ものだ、と追求の刃を深く差し込んで行ってみると、「自性即ち無性にて、既に戯論(けろん)を離れたり」で、本心の実体は無相無性であり、もはや、ざれごとを重ねる必要もないところに行き着くのであります。しかし、このように、己に向かって、根本的思考の探求を敢行するとの一点の実践を欠いているばっかりに、傍目からは、あたかも、迷いの生活を楽しんでいるかの如くにさえ見える次第であります。

 いったい、迷いがなければ、悟りはないのでありまして、迷いの発する処が、悟りの覚証される処であります。『般若心経』には「色即是空」とありますが、万象の認識されるところが、真の空が受知されるところでもあります。こう見てまいりますと、迷いは必ずしも唾棄すべきものではない、ということが分かります。唾棄すべきは、迷いそのものではなくて、迷いの結果としてのこだわりや偏執のほうであった、ということになります。この迷いの結果としてのこだわりや偏執が、皆さんの発展を妨害している元凶でありますから、これらを自らの手で取り去ることに、皆さんは全力を投入すべきだ、という結論になります。このことには原価は一円も要しないのでありまして、要は、根本的思考の探求を敢行するとの一点の実践の欠落を皆さんはどうするのですか、という所に帰着するのであります。王貞治氏が、「自ら自分の手で迷いを取り去っている結果」として抜群の成績を上げたということに、我々は改めて学ばねばならん、と考える次第であります。

  飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」19頁より抄録(自ら自分の手で迷いを取り去ること)       

 11.自己における主体の探求

 会計人にとっても、会計人以外の皆さんにとっても、畏れの無い心と直感力とが、成功の絶対の条件であり、その力を培養する最短距離が、座禅又は瞑想である。だが、まことに幸いなことに(?)早くこの点に気付いて、座禅又は瞑想の生活に入ってゆく者は、意外と少ない。大部分の者は、自己における主体の探求の習慣や環境をもっていないので、惰性に従って迷いと嘆きの人生を続けて死んでゆく。我が国の会計人の中に、真の成功者が異常に少なく、年がら年中、畏れと迷いの中で、いわゆる顚倒妄想を続けながら、自分さえも誤魔化しつつ生きている者がいかに多いか。それは、貴方が一番よくご存知の筈である。

 その真因は何か。これを要約すれば、人生の一回性を識(し)らず、自己の教養における重大な欠落部分に気が付かず、自分の人生に祈りを持たず、自己の主体の在り方の中に、宗教的信念の必要を痛感していないからではないのか。貴方がこの点を承認されるなら、江戸時代の名僧、盤珪和尚の伝記を読んで見られると良い。

 彼には、師匠がいなかったのだ。彼は青年のある日に、偶然、『大学(中国の四書の一つ)』を読み、「大学の道は、明徳を明らかにするに在り」、との文章に突き当たり、「明徳」とは何かを知らんとし、尋ね廻ってみたが、納得のゆく説明をしてくれる者がなく、止むをやむを得ず 一人で瞑想の段階に入って行った男だ。吾人が感嘆に堪えないのは、彼のその探求が、文字通り命がけのものであった点にある。

 釈迦は、『法華経』の中で、「一心欲見仏、不自惜身命(いっしんよくけんぶつ、ふじしゃくしんみょう)」と言い切っている。平たく言えば、「お前さんが、自分の主体を見ようと欲するなら、自分の生命など惜しんでいては駄目だよ」というのだ。自分の人生の終局の原理を掴もうとするときに、命を惜しむような 、そんなケチな態度で、どうして掴めるのかい、と釈迦も言っている。

 そうして、とうとう盤珪は「不生」という点に到達した。【人間生まれたときには、一念も生じておらぬ。ああだ、こうだの限定が全く無い。この一切の限定が無い、一念すら不生であるわが心、それが明徳だ!】と確証したのである。人間、長ずるに従って外界を学び、経験を積む。雑念群生の契機は無限にある。然し、常時、一念不生のまにまに生きて行って見ると、万事が上手く片付くわい。いやそれだけではない。「一念不生」底(てい)に徹底した生活を送ってみると、「心肝徹見」、驚くほど鮮烈に事物の本質が、わが心に映ってくるわい。彼は、畏れの無い心と直感力とを、そこで手に入れてしまったのだ。

 そこで貴方に申し上げたいことがある。盤珪は無師独悟したのだ。これは然し、破天荒の精進努力を必要とする。お互い多忙な者として、盤珪ほどの年数(彼は十年近い)をかける訳にはゆかぬが、もっと要領よく、もっと効果的に、人生の本義を発見し、畏れの無い心と直感力とを、身につけて、関与先は勿論、職員諸君からも、心の底から尊敬され、大発展する途を供に歩もうではないか。

 私は、妙心大本山、雲巌禅寺、妙雲寺、鎌倉の円覚寺、沖縄の興禅寺等へ参禅に行けと薦めている。その目的は、ソクラテスが「汝自身を知れ」と叫んだように、皆さんに、先ず、己れ自身の本体を掴んでもらうことにより、畏れの無い心、直感力培養の契機を供したい念願の顕れに他ならない。皆さんに転職して坊さんになって貰いたいためではない。もちろん、禅宗という宗教の信者になって貰うためでもない。宗教なんて、どうでもよい。要は、自分の本質を探究する契機を持ち、その方法を掴んでほしいのだ。 

飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」29頁より抄録(会計人と宗教)    

 12. 人間としての生きざま

 オックスフォード大学版の〈世界古典集〉(The World's Classics.Oxford University Press)の中に『仏陀の語録抄』(Some Sayings of the Buddha)という本がありますが、これはウッドワード教授(F.L.Woodward)が、仏教の開祖、仏陀の唯一の直説の経典だといわれる『阿含経』のパーリ語本から、直接に英訳して、1925年に出版したものであります。私は20数年前に、これを丸善書店から求めて、一読したことがあります。そして、非常に打たれたましたのは、仏陀が、われわれと全く同じ凡人の心境から、どのような課程を巡って悟りに達したかの詳細な「心の路ゆき」が告白調で語られていることを発見したことです。

 かれ仏陀は、心底の恐怖感から逃れる苦闘の中で、ある時は自分の呼吸を止めてみては、とか、食べ物をとるのをやめてみては、とか、睡眠をとるのをやめてみては、とか、それはそれは、われわれ凡人がみな思い付くような、さまざまな試みの果てに、徐々に、悟りの本道に近づいて行ったことが書かれています。日本禅の源流を成すといわれる応燈関(おうとうかん)の一人、大燈国師が「道(いう)を信ぜよ天然の釈迦なし」と叫び、「釈迦は初めから、あのように偉大な人物だったわけでではないのだ、と信ずべきだ」と説いた道理がよく頷けます。

 このウッドワード教授の訳本の35頁にこういう文章が出てきます。

「そこで、兄弟よ、理詰めの思考と洞察の彼方で、次の覚り(サトリ)が生じた。

 心身は実在せず。意識も実在しない。

 心身の止揚によって、意識も止揚される、と。

 それから、兄弟よ、私に次の想念がきた。

 私は悟り(さとり)への大道を得た。

 それは、心身の止揚が意識の止揚であることを証する。

 意識の止揚は、心身の止揚となる。

 心身の止揚は、六識(眼耳鼻舌身意のこと)の止揚となるのだ、と」

 (原文省略:止揚とは「二つの矛盾した概念をいっそう高次の段階に高めて調和統一すること。揚棄(ようき)、アウフヘーベンとも言う」)

 この心身の非実在性は、現代科学の実証するところでもあります。6兆の血液細胞は4ヶ月以内に全部が入れ替わる、と現代医学は教えます。とすれば、一日約500億 の血液細胞が生滅しているわけです。また胃の内壁は、1分間に50万個の細胞が剥離して、胃液で消化されていると教えています。とすれば、1日で約7億の胃の内壁細胞が生滅しているわけです。全身の細胞では、おそらく、1日に1000億個ぐらいの細胞が、毎日生滅を続けているのではないでしょうか。そうすると、時間的に見た自己の同一性は、どこにあるのか。無いではないか。だから仏陀は、「兄弟よ、五体には主体がないのだ。また、感覚、知覚、活動と意識、それらは主体ではないのだ」(同書28頁:原文省略)と告白的に教えたのだ、と思います。そうすると、自我(エゴ)の実在性を前提にして生きている多数者の生活は、実は錯覚の生活だ。ということになります。人生は100年とはない、短いものなのだから、エゴ中心の発想という、錯覚の発想の中で、それに耽って暮らすわけにはゆかない。一日も、いや、一刻も早くそこから抜け出して、真の人間としての生きざまを、生きねばならない。こう思う次第であります。

飯塚毅著作集Ⅱ「激流に遡る」324頁より抄録(『阿含経』のこと)     

 13. 一心不生の自己修練

 『一心不生なれば心肝を徹見す』

 どうかこの言葉だけはお忘れにならないように。心が全く異物によって左右されていない。心が全く主人公(注:禅語・本当の自分、主体的な自己である主)そのもの、主体性そのものであるという場合は相手の心肝が掌(たなごころ)を見るように、ちゃーんと見えてしまう、というのです。「心肝を徹見す」これは皆様方、禅の和尚さんに本気になって参禅した経験をおもちならば、一様に肯定できる経験だと思います。私も何度かそういう経験をもっております。まさに、一流の禅の師匠について修業すると、「一心不生なれば心肝を徹見す」といったあの盤珪禅師の言葉は正直だなと思います。パッと見た瞬間に、相手の心と肝がどうなっているのかということが、掌(たなごころ)を見るようにわかる。そうならないと本当の説得力というものは発揮できないのです。そういうわけで、説得機能を発揮するためには、自己の主体性の所在をつかむ、さらに、自己の主体の機能を錬磨するということが重要になります。

 そこで、一念不生あるいは一心不生、そういう状態を反復するために、禅の坊さんは非常に苦心しています。一例をいうと、禅僧がしょっちゅうやっているのは、吐く息、吸う息のたびごとに自分の心の中から邪魔物を全部なくしてしまう。ああ、俺の中には何もない。全くの空々寂々で、何もないという意識さえもない、という状態を頻繁に自己修練する。その、自己修練するきっかけとなるものをどこに求めるのか、ということが問題なわけです。禅宗の僧は、それを呼吸に求める場合がよくあります。

 また、あるアメリカのヨガの先生は、「なんでもいいから、とがったものの尖端を見る。そこのところで、シーンと無心状態になる訓練をしなさい」というふうに言っています。それは、「ナイフの先でもペンの先でも、鉛筆の先でもなんでもいい。ギュッとにらみなさい。にらんだときに、この額の後ろがシーンと静まり返ってくるのがわかるでしょう。シーンと静まり返って何もない。そのとき、すなわち汝の主体性、汝の主人公がズバッと現れているときなのだから、そういう生活体験を生活の中で頻繁に味わってごらんなさい」というふうに教えている。

 慣れて参りますと呼吸と関係しません。呼吸などというものは邪魔物、そんなモメント、外部的な契機さえいらない。念々無心、念々一息一息無心、という状態になってくる。そういうふうな状態になってくると、人間が達人の域へ向かうということです。

飯塚毅著作集Ⅰ「会計人の原点」139頁より抄録(一心不生なれば心肝を徹見す)        

 14. 天然の釈迦なし

 京都の大徳寺の開山である興禅大燈国師の偈(詩)の中に、注意しなければならない次の言葉があります。

 『六年飢寒徹骨髄 苦行是仏祖玄旨 信道無天然釈迦 天下衲僧飯袋子』

 まず、

「六年の飢寒骨髄に徹す(ろくねんのきかん、こつずいにてっす)」

 六年間の飢えと寒さが骨身にしみた。釈迦は29歳の時に王宮を抜け出して、ジャングルへ入って瞑想の生活を送った。毒蛇もおれば猛獣もいる。あらゆる悪魔もいる。この中で、釈迦は六年間の瞑想生活を送ったのです。「六年麻麦の行(ろくねんまばくのぎょう)」などとも言います。 

 次に、

「苦行これ仏祖の玄旨(くぎょう、これぶっそのげんし)」

 苦しんで苦しんで、苦しみぬいて自分の主人公(注:禅語・本当の自分、主体的な自己である主)を把む、これが釈迦のひとつの急所なのです。苦行というと、普通の人々が考えるように重い荷物をかついでうんうん唸るようなことではなくて、何人にも備わっているところの主人公、これを苦心して見きわめることなのです。これが本当の意味ですから、誤解のないようにお願いします。

 その次に、

「道を信ぜよ。天然の釈迦なし(いうをしんぜよ、てんねんのしゃかなし)」

 この世の中に、生まれた時からお釈迦様だと呼ばれる者などひとりもいない。釈迦は、命をかけてジャングルの中で乞食生活をやり、もがきにもがいて自分の主人公を把んだのです。現代人は物質文明に毒されているので、己の内部にあるこの尊い主人公を苦しんで把むという態度をとらない。その修業を怠っている。ここに大きな問題があり、ここに不安の生活がでてくるのです。

 最後に、

 「天下の衲僧飯袋子(てんかののうそう、はんたいす)」

 世の中に坊さんはたくさんいるが、彼らは飯袋(めしぶくろ)と同じで、こんな連中はいてもいなくても関係ない、と大燈国師は言っているのです。私、飯塚が言っているのではなく、大燈国師という坊さんがこう言っているのです。

 そして、ここでは第三番目の句「道(いう)を信ぜよ、天然の釈迦なし」、これを皆さんにしっかりと把んで頂きたいのです。

 生まれながらにして偉大な人物などというのは、ひとりもいないのです。ご安心下さい。釈迦といえども、ジャングルで命がけで修業した結果、あの大人格を形成したのです。皆さんでも釈迦と同じような苦行をすれば、あるいは釈迦以上の人物に間違いなくなるでしょう。  

  飯塚毅著作集Ⅰ「会計人の原点」202頁より抄録(大燈国師の遺偈)       

 15. 心が固着していないこと

  禅は住著(じゅうちゃく)しない心と因果をくらまさないこと、つまり、因縁、縁起を重視している。これは経営者成功の秘訣である。

 住著しない心とは、「心が人生行路上の何かの一点にとらわれていないこと」をいうのである。(注:住著とは潜在意識の底にしみ込んだ意識慣習に従って思考し、発言し、行動を選択してしまっている状態)

 『金剛般若経』には「應無所住而生其心(おうむしょじゅうじしょうごしん)」(まさに住むところなくして、その心を生ずべし)という言葉が、岩波文庫の64頁に出ている。この一句を師から説明されて悟りを開いたのが、禅宗の六祖、達磨大師から六番目の祖師である慧能(えのう)という人だと言われています。この人は実は足が不自由だった。足を引きずり、南支那から華北にいる禅宗の五祖、弘忍(ぐにん)禅師のところへ何千里も歩いて修業にやってきた。

 禅のお師匠さんは洞察力がすごいですから、はるか彼方から歩き方を見ただけで、「あっ、こいつは悟っている」ということが、すぐ分かります。そうした眼力を持つようになるんです。禅宗の五祖の弘忍禅師は、慧能という男を見て、「いや、これはすごいやつが来たな。こいつは大切なやつだから、坊主にはしないことにしよう」と考えて、「お前は米つき(精米)をやれ」と言われたのです。慧能という人は足が不自由でしたから、うまく米がつけない。しょうがないから腰に石を吊して、バッタンバッタンやりながら、日中は米つきをやっていたんだ。そして夜になると、弘忍禅師の部屋で、『金剛般若経』の解説を受けたんだ。

 ある日、弘忍の解説、「まさに住むところなくして、その心を生ずべし」というところの解説に至ったときに、「あっ、これか! 禅の本質はこれであったのか」と気づく。何にもとらわれてない、滞っていないという状態の心、そういう状態の心ですべての事柄に向かった時に、宇宙の精神ともいうべき一番いいものがスパッと出てくるんだ。だから、常に心がとらわれないという状況を磨くこと、これが禅の極意だということを弘忍禅師に教わって、彼は悟りを開いた。そして、六祖慧能と言われるようになった訳です。

 この経典の文言が、沢庵(たくあん)禅師が柳生但馬守(やぎゅうたじまのかみ)に書いて授けた『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』という書物の下敷きになっていることは一般に知られています。要するに、「心をどこへもとどめるなよ、お前が大刀を抜きはなって敵と向かい会った時に、敵の剣先を見てはいけない、敵の目を見てもいけない、おでこを見てもいけない、胴を見てもいけない。すべてを見ながら同時にすべてを見ない。そういう状態がお前にできた時に本当の剣の達人になるんだ」と。これは『金剛般若経』が言っている「まさに住むところなくして、その心を生ずべし(應無所住而生其心)」、どこにも心が固着していないということです。

 ところが、たいがいの人間は固着してますよ。振り返ってごらんなさい、何か固着があるから。中には「俺はあいつから恨みを受けた」と、恨みを返すことが生きがいのつもりでいる人がいる。なるほど、十人十色だと思います。そうかと思うと、「百万円貯めたい、どうしても百万円貯めるんだ百万円貯めるんだ」。そういう人もいます。

 さて、「どこにも心が固着していないということ」は禅といわず、仏教の根本指標となっています。これが身につくと、問題発見能力も楽々と身につくことになるわけであります。

 飯塚毅著作集Ⅴ「もの凄く伸びる会計人」25頁より抄録(禅と人生)            

 16. 因縁・縁起の重視

 『無門関(むもんかん)』 という禅の書物に 『不眛因果(ふまいいんが)』 という公案(注:禅の修行者が悟りを開くために与えられる研究課題)があります。百丈禅師の野狐の話です。ここから、「野狐禅(やこぜん 注:未だ悟っていないのに悟ったかのように自惚れて人を欺きだます禅の修業者を野狐にたとえた)」という言葉が出てきたと言われています。

 どういうことかと言いますと、ある日、百丈禅師が説法を終わって自分の部屋に帰ろうとしたら、説教をやっていた場所に座っていて去らないでいる坊さんが一人いた。「お前は何だ」と聞いた。「実は和尚さんにお願いがあります。私は、今、見た目は坊さんの格好をしておりますが、本当は狐なのです。その昔、私は坊さんだったのですけども、『悟りを開けば因果応報という、因果の道から脱することができるか』と質問された時に、『できる。因果に落ちない。因果の法則から脱することができるんだ』 と答えた。その仏罰により、私は瞬時にして狐にさせられてしまった。そして、本日、百丈禅師の説教を聞いて、なるほど悟りを開いたということは、因果応報の原則をくらまさないということだったんだなと知って、やっと成仏いたしました。私はこのお寺の裏山で死骸となっておりますから、どうか和尚さん弔ってください」と言い残して姿を消した。

 そこで、百丈禅師は他の坊さんたちを集めて「今から亡くなったん坊さんを弔うんだ」と申し渡した。

「亡くなった坊さんを弔うって、病人を入れておく部屋には誰もいませんよ。亡くなったっていうのは、おかしいじゃないですか」。「まあいいから、わしの後から付いてこい」と言って、坊さんたちを裏山へ連れていった。そうしたら祠の中に狐が一匹死んでおった。その狐は実は説教を聞き居残っていた坊さんであった。供養をしてやったという話。そこから「野狐禅」という言葉が出てくるわけです。

 禅というのは、そういうところが非常にむずかしい。悟りを開けば、因果応報の原理からは逃れることができるものと人は考え勝ちであるが、そうではないのである。悟りを開いたならば、因果の法則をくらまさない(不眛因果)。因果の法則を真正面からいただくぞというのが、実は悟りを開いた人の道だということなのです。因果の法則を認めて、その法則が支配することをごまかさないということで、これが人生の正しい生きざまであります。善因善果、悪因悪果、あるいは「積善の家に餘恵あり」などとも言います。

 因縁・縁起を重視するということは、実は「わが人生には自我がない。自我がないとの観念もない。宇宙万象の生滅は、すべて因縁、縁起によるものである」ということを決定(けつじょう)して、人生を展開することをいいます。

 仏教の開祖、釈迦の時代以前のインドの数論派、サーンキャ哲学には、この観念がありません。「自我(アートマン)というのは、実在するんだ」というのが、釈迦以前の哲学の骨子だったのであります。それを釈迦が否定したのです。ですから、釈迦の時代から「ウパニシャッド」という、インドの古代哲学書の論調が変わりました。この点をオスヴァルト・シュペングラー(注:ドイツの哲学者)が『西洋の没落』という本の49頁で指摘しています。これは偉いもんだ。私はシュペングラーの勉強ぶり、その透徹した哲学理論を尊敬するのです。

 わが人生には自我がないとの自覚は、あなたの人生にとって最高に重大です。どうですか。あなたは毎日の生活の中で、「私には自我がない、自我がないという観念もない」という状態で生きておられますか。たいがいの人は、自我というものは実在するものと仮定(思い込み)して、自分の経済的、社会的利益の追求に、キュウキュウとして暮らしてはいませんか。どうです?

 あなたはご存知でしょう。現代医学で次のことが、すでに証明されているのです。人間の胃袋は、1分間に10万個の速度で細胞を溶かしている。人間の体内を流れる血液細胞は約6兆個といわれるが、これが約4ヶ月で全部入れ替わる。人間の血液というのは4ヶ月で入れ替わってしまうのです。ということは、毎日何千万、何億、何百億個という細胞が生まれ変わり、分裂し、死に向かって突進しているということなのです。つまり、自我と思われるものは、実は夢うつつの如きものであって、固定的実体はないのである。現代医学はこれを科学的に発見したが、釈迦は2500年前に、瞑想の中でこれを発見したのである。自我を実在とみて、その自我の利益のためにキュウキュウとしている人生は哀れむべき人生です。

 常に自我を忘れ、他人の幸せと利益とを念じて暮らすことが、人生最高の生きざまなのだ、という点は、心に刻んでおいていただきたい。密教の大きな目標の一つは、「抜苦与楽(ばっくよらく)」だといわれています。これはともすれば、自己救済としての悟りに安住し勝ちな従来の仏教から、一歩踏み出して行こうとするものであります。皆さんと力を合わせて。この世を住みよい、公正で、幸せな社会にしていきましょう。釈迦が言うように、百年とない人生なのですから、最高の人生、最高の生きざまを展開するよう心掛けてまいりましょう。 

飯塚毅著作集Ⅴ「もの凄く伸びる会計人」27頁より抄録(禅と人生)                    

 17. 二念を継ぐな

  自己探求、自己【自分の感覚を含めて、感覚によって外部世界の認識を構成している自分の主人公(注:禅語)、即ち己が心の本質】を探求する、そのやり方は、多くの人が必ずしも成功していませんので、問題として、お話しましょう。  

 無念無想になること、生活の対象物と常に一つになって暮らすこと、そこに自我の意識を一点も持たないこと、ということは言うは易いのですが、実践となると、中々できないものです。つまり、執念に近い自己訓練が、普通は、どうしても必要になります。その自己訓練の仕方なんですが、人間は言語というものを使って、いろいろとものを考える動物ですから、ふり返ってみますと、観念が次から次へと湧いてきて、無念無想とは、とても縁が遠い生活になってしまいがちです。

 そこで、禅宗、特に臨済宗の中興の祖といわれた白隠禅師は、無心になる方法の最短距離として、【二念を継ぐな】、ということを教えました。やってみると、無念無想への最短距離はこれだったな、ということが納得できます。

 要するに、きれいな女性が目についたとします。「あ、きれいだな」という初念が湧いてきます。ここが急所です。普通ですと、「ああいうきれいな女性とは、つき合って見たいな」とか、「いや、ちょっと抱きしめたら気分が良いだろうな」とか、いろいろな観念が次から次へと湧いてきます。別言しますと、初念で終わらずに、二念、三念、四念・・・と観念がつながって出てくるものです。それでは修養にならないのだ。初念の次に、二念を継いではいけない。初念だけで終わる工夫をする。すると不思議や不思議、初念は静かに、すっと消えてゆく。ここのところの自己訓練を頻繁にやる。そうすると、自然と無心の中に入って行ける。

 私の禅の師匠であった雲巌寺の亡植木義雄老師は、ここのところの修練を、百錬千鍛といいました。三回や五回やって出来ないからもう終わりだ、というのでは、一生達人にはなれないでしょう。植木義雄老師は、「百回錬磨し、千回鍛錬しなさい」と言ったのです。古人の言葉には、千練万鍛という言葉もあります。要は回数を数える点に意味があるのではなく、それほど頻繁に、自分で修練しなさい、ということなんですね。古代の偉大な先輩たちは、吾々後輩をだます為に、こういう言葉を残したのではない。真実、彼らの血のにじむような人生経験から、言ってくれたんだな、と信じてみると、偉大な先輩たちの愛情をひしと感じて、この点の自己修練に、うんとこさと、努力しなければいけないな、と思って頑張るようになるものです。 

 青年時代に、植木義雄老師から臨済宗の中興の祖といわれた白隠禅師の教えとして聞いた、この【二念を継ぐな】という教えは、実は、いまから400年位前に、中国の禅僧の袾宏という人の書き集めた『禅開策進』という本の中の「更無二念(さらに二念なからしむべし)」から来たのだなということは、ずっと後になってから知ったことですが、この二念を継がないという点は、日常生活上で、最大に重要な修業点だわい、と感じるこのごろです。

 達磨大師から六代目の禅の祖師といわれる人が、六祖、慧能(えのう)禅師というお方ですが、この慧能禅師の師である五祖、弘忍(ぐにん)禅師いうお方から、真夜中に明かりをとざした部屋で『金剛般若経』の経文の講義を受け「應無所住而生其心(まさに住むところ無くして其の心を生ずべし)」というところへきて、割然として大悟した、というのは有名なお話ですが、この「まさに住むところ無くして」ということは、心がどこにも住着しないで、という意味で、つまり、二念を継がないで、というのと同じことをいっているのです。二念を継がない、ということが、禅修業の急所中の急所だということが、これでお分かりでしょう。

 青年時代には悩みが多く、心は常に乱れに乱れて、失恋などしたりすると、自殺をしようか、などとさえ思いがちです。しかし、自分の命を勝手に断つ前に、自分の生命が約10億年以上も前に、海中から陸上に這い上がり、気の遠くなるような先祖様が結婚して子を生み、何千億という先祖様が結婚を重ねてきて、やっとこさで我が生命にたどりついた。この巌たる科学的事実を想うたびに、われわれは過去の偉大なる生命の伝承の手前、あだやおろそかに、日々を過ごすべきではなく、ただ一度のこの人生を、惜しみに惜しんで、真に生き甲斐のある人生を送るべきです。それには生きる上での「魂の原点」を自覚しなければならないと思うのです。  

飯塚毅著作集Ⅲ「逆運に溯る」200頁より抄録(自己探求の仕方)        

 18. 空の確証体験

 わたくしは、ある機会に「人間は自分の本質が空であるとの確証体験をガッチリ持ったときに、薫習(注:禅語 習慣によって心にしみついた意識慣習)の束縛から解放され、自己の運命形成能力までも手に入れることが出来る」と申しました。それはなぜでしょうか。その答えの前に、「自分の本質が空であるとの確証体験」とは、いったい何か、との答が必要だと思います。この答がしっかり摑めないと、そこから先に進めないと思われるからです。つまり、なぜ、空の体験が、運命形成能力と結びつくのか、についての必然的な理屈が、飲み込めないと思うのです。

 静かに考えてみましょう。いったい、貴方はどこから生まれてきたのですか。川に流れついた桃の実が割れて、そこに、ひょっこりと貴方がいた、というわけでしょうか。それとも、木の枝の分かれ目から、降って湧いたように、貴方が生まれたのでしょうか。しっかりと自問自答してみて下さい。貴方は、間違いなく、母親の母体から生まれたことを絶対に否定できますまい。その母親は父親との結び付きの結果、父の精子と母の卵子が結合して、それが母の体内で段々大きくなって、一定の時期がきて、母親の体内から分離して、この世に生まれ出たのでしょう。この事実は疑い得ない絶対の科学的経験的事実でしょう。そこで、この考えをもう少し進めてみましょう。

 それでは人間はいったいどこから現われ出てきたのでしょう。それは現在、誰にも分かっていないことです。証拠がどこにもないからです。ただ科学的(注:本稿執筆時の昭和60年当時)には、人類の直接の祖先として、化石霊長類としてラマピテクス(Ramapithecus)というのがあって、それは中新生にドリオピテクス(Dryopithecus)から分岐し、鮮新生頃までにインド、中国南部、東アフリカ、ヨーロッパで分化・分布したものと考えられている(岩波『生物学事典』第三版・1335頁)わけなんです。しかし「今日の人類は多数の人種群に分かれ、外見的に多様であるが、相互に繁殖できるため、厳密な意味で単一種である」(同辞典1226頁)というのが通説となっています。兎に角、インドの古代詩『ヴェーダ』は、8000年位前から存在していますから、それは、数億年前の気が遠くなるような時代から、人類の祖先はいたのだ、といってよいでしょう。

 ところで、キリスト教の聖書は何といっているのでしょう。旧約聖書の創世記の第一章は「はじめに神、天地を創造(つくり)たまへり」(第1文)とあり、その六日めに「神、その像(かたち)の如くに人を創造(つくり)たまへり」(第27文)とあります。『新約聖書』のヨハネ伝にはその第1章の第1文に「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神とともにあり、言は神なりき」とあり、その第6文は突然「神より遣(つかは)されたる人いでたり、その名をヨハネという」となっています(日本聖書協会『旧新約聖書』1979年版参照)。 要するに、人類には、己の本当の起原は分からない、ということでしょう。

 ただ、はっきりしていることは、一人の人間は必ず二人の人間(両親)から生まれること。その二人の人間も各々必ず、二人の両親から生まれることです。このような形で遡ってゆくと、私から30代目の先祖様の数は、5億3687万912名となります。1世代は25年位だとすると、30代前の先祖様は約750年前の方々だ、ということです。仮に、仮説に従って、人類の祖先が約10億年前に成立したとすると、貴方も私も、何百兆か何千兆かの先祖様の生命を引きついでいることになります。

 そこで禅の方では、端的に、父母未生以前、本来の面目は何か。即ち、【聲前(しょうぜん)の一句(碧巌録第7則)】は何か、という公案(注:禅の修行者が悟りを開くために与えられる研究課題)をぶっつけてくるわけです。つまり、「お前さんの両親が生まれる前のお前さんは、どこにいたのかね」、「お前さんはどんな顔つきをしていたのかね」という問題です。こう突きつめてくると、【己の本質には、形や相(すがた)が無かったな。己の本当の姿は空だったのだな】、ということが分かってきます。ここが重要です。自分の本当の姿は、本来、形も、相も、嗅いも、色も、味も、手で触れられる何ものも、無かったのだ、ということ。時間も空間も超えた、一切の現象を超えたところに本当の自分がいたのだな、ということが頷けるようになります。頷けるというのは、そう理解できる、ということ。そしてこの空というものが、己の真の実相だと、全身でわかること。単なる観念でなく、この五体で分かる。ここに確証体験があるわけです。ある意味では簡単ですね。

飯塚毅著作集Ⅲ「逆運に溯る」205頁より抄録(空の確証体験)      

 19. 心の動き

 心の動きというのは面白いものです。何しろ、形がないものですから、その動きそのものを看視(かんし)する人も、余りいないようです。とりわけ、古来いわれている「真の己(おのれ)」というものは、自分の主体を指していますから、手がつけられない。何よりも、己の主体は、人間が客観的に見ることができない性質のものですから、困りものです。自分が客観的に見ることができない世界に、己の主体がいる、というこの事実が、踏み越え難い関所となっています。己の主体というものは、『冷暖自知』する以外にアプローチの方法がない。『冷暖自知』というのは禅語で、冷たいとか、暖かいとかは、自分の身で体験する以外には分からない、ということです。そういう性質のものですから、古来、真の己を知った者は稀(まれ)だ、ということになります。釈尊(仏陀)がこれを知り尽くすのに6年もかかった、というのも、もっともだと思う次第です。

 さらに困ったことは、この形のない心の動きには、習慣がつき易い、ということです。目の先30センチ位の所に、心が常に集中する、という生活習慣の持ち主には、なかなか、地平線の先は見えません。心のそういう癖(くせ)は、手で触るようには、知られませんから厄介です。知られないから、自然にそういう習慣が身についてしまうのです。仏教の方では、これを薫習(くんじゅう)又は習気(じっけ)といいます。この薫習又は習気から脱け出すことが、悟りへの決め手だといわれます。何しろ、自分の体に浸み込んでしまった心の動きの癖ですから、ちょっとやそっとでは、拭(ぬぐ)い去れないのです。われわれ凡人の心には、この薫習というものが、頑固にへばりついています。心の生活の中で、自分の薫習との戦いを意識するようになったら、その人は、悟りの一歩手前にきている人だ、といえましょう。「しめた!」ということです。

 この薫習を脱け出す方法は、何よりも自分の心の中を看視する態度が、執(と)れるか否かでしょう。看視する態度が執れるようになったら、次は、心の本来の姿に、常時安住する工夫を積むことです。心の本来の姿に常時安住するというのは、心が無味、無臭であって、相(かたち)が無く、しかも十方に通ずるものだ、ということをよくよく知って、そう知られた実体の中に、心の常時の回帰点を持つ工夫を繰り返す、ということです。それは驚くほどの平穏、安楽の世界を入手できたことを意味します。ストレスなどというものが全く無い世界ですから、即ち、安楽の世界の出現となります。

 私は、今般、心の動きについてお話しました。その真意は、人が余りにも、己が心の動きを看視しない、という状態にあることを嘆かわしく思っているからです。特に将来ある若い人達が、膠(にかわ)で固めたように、その心が薫習で固め覆われていて、自由を得ていない、という状態にいることを嘆くからです。目先の現象に、自分の心を住著(じゅうちゃく 注:潜在意識の底にしみ込んだ意識慣習に従って思考し、発言し、行動を選択してしまっている状態)させてしまっている、青年たちの心の姿勢を嘆かわしく思うからです。人生は一度しかないのです。だったら、その人生を自由自在に生き抜くべきではないかと思います。

 飯塚毅著 TKC出版 「自己探求」55頁より抄録(心の動き)      

 20. 看て取れよ 看て取れよ

 いまから700年位前の鎌倉時代後期に、妙超(みょうちょう)という、死後に朝廷から國師号を贈られて興禅大燈國師(注:京都の大徳寺の開山でもあります)と名付けられた、猛烈な禅僧がいました。何が猛烈かと言うと、彼は55歳で死んだのですが、足が不自由であったために正式な座相(結跏趺坐)ができなかったのです。死ぬ間際に、弟子たちに命じて左の膝の骨を折らせ、患っていた左足を無理矢理右ももに上げさせ、流血しながら座禅をして、そのまま死んだと言われております。現在でも、その血のついた衣が、大徳寺の寺宝として保存ざれているそうです。この一事を知っただけでも、いかに猛烈な坊さんだったかが分かるでしょう。

 この興禅大燈國師には有名な遺言とした戒め「興禅大燈國師遺誡」(ゆいかい)があります。この遺誡の前半ではこういっています。「汝等諸人(なんじらしょうにん)、此の山中に来(きた)って、道(どう)の為に頭(こうべ)を聚(あつ)む。衣食(えじき)の為にすること莫(なか)れ。肩有って着(き)ずということ無く、口有って食(くら)はずということ無し。只すべからず十二時中、無理会(むりえ)の処に向って、究(きわ)め来たり、究め去るべし。光陰箭(や)の如し、謹んで雑用心(ざつようじん)すること莫れ、看取(かんしゅ)せよ、看取せよ」と。

 解説しなくても、意味は分かると思いますが、敢えて、堕筆を駆って、その意味を述べれば、「あなた達は、この大徳寺にきて、人生の正しいあるべき道の発見の為に、頭を集めて修業している。衣食を目的として修業してはいけないぞ、人間というものは、肩があって衣服を着ないということは無く、口があって食べ物を食べない、ということも無いのだ。ただすべからく、十二時中(当時の一時というのは今の2時間に相当)、分からない点に向って、行ったり来たりして、休みなく探求すべきだ。時間のたつのは飛ぶ矢のように早いのだから、謹んで、心を雑に使わないようにしなさい。看(み)て取(と)れよ、看て取れよ。」と。 

 ところで、この看て取れ、というのは、何を看て取れと言っているのかが問題です。思うにそれは、ドイツの哲学者(現象学)フッサールがいった「ノエシス Noesis(機能する面から捉えた心)」のこと、つまり心の機能面の動き(心の働き)を、看て取れよ、といっているのだと、私は考えます。心の対象面の内容、即ち「ノエマ Noema(指向された対象面から捉えた心)」は、千種万様であって、心を静めて探求するに値するものでは無い、と思うのです。心の働きの側こそが問題なのだと思います。つまり、「ああ、いま、自分は、いきり立とうとしているな」とか、「ああ、私には、いま貪(むさぼり)りの心がむらむらと起きているぞ」とか、「あっ、自分はいま、理屈をならべて、ごまかそうとしているわい」とか、「己が心の働きそのものを対象化して自己批判し、その心を純化し、清浄化して行くきっかけとしなさいよ」という意味だと思うのです。あなたはどう解しますか。

飯塚毅著 TKC出版 「自己探求」96頁より抄録(看取せよ看取せよ)        

 21. 心の無限の浄化

 東京地方検察庁に勤務して、最優秀の検察官だと評価されていた方が、検察庁をやめて弁護士になり、さる金融機関の監査役をやっていて、詐欺横領の罪を犯し、刑務所へぶちこまれた、という話を週刊誌で読んだことがある。世の中には、こういう類いの人は意外に多いようだが、結局この人は、懸命に勉強して大学に入り、司法試験に合格するために不眠不休の勉強にはげみ、検事になって将来を嘱望され、さらに弁護士になって社会的に奮闘し、そして遂に前科一犯となって刑務所へぶち込まれたわけだけれども、かいつまんでいえば、この人の長い一生の努力は、前科一犯として刑務所へぶち込まれるための努力でしか無かった、ということになる。

 そんな馬鹿な、と思うだろうけれども、こういう形の人生を送ってしまう人が、世の中には実に多いのだが、あなたは、この現象をどう理解しますか。これは大変な人生の問題です。

 これは瞬間的に襲ってきた誤った判断が、その人の、それまでの、猛烈な精進努力の人生を、一瞬のうちに台なしにしてしまった、ことを意味するけれども、なぜ、こんなことが起こるのだろうか。あなたは、真剣になって、このことを考えたことがあるだろうか。

 人間の潜在意識の中には、神の心も、悪魔の心も、あらゆる種類の心が伝承されているという生物学的な知識を、あなたはもっておられるだろうか。これが現実に生きている人間の、生(なま)の姿なのである。一生の大事業も、一瞬のうちに崩壊して、囹圄(れいご:刑務所のこと)の人となる、という事例は、人類史上では、無数にある。このことを、あなたは、深刻に考えたことがあるだろうか。いったいそれは、どういうことなんだろう。なぜそんなことが起きるのだろう。

 まあ、起こり得るのだ、と考えて置くこととして、どうやって、そういう局面を回避したらいいのだろうか。これは人生の大問題なのだが、案外、これを自分の正面の問題として位置づけて、それを早々と解決しておく、という態度をとっている人は異常に少ない、と思うのだがどうだろう。

 生物学的には、一切の生物は、その種が初めて、この地上に現われてから今日までの、経験の全てを、その固体の中に、保持している、という事実の発見は、現代生物学の大発見であり、大変なことだ、ということをあなたは理解しておく必要がある。だから、われわれの心の中には、自分が生まれてから今日までの、経験だけが、たたみ込まれている、と考えると大間違いを犯していることになる。われわれの命は、数億年来、伝承されてきているのであって、意識の底辺には、数万年、数億年前の意識までもが、ちゃんと引き継がれてきているのである。だから、われわれは、何が出てくるのか分からない、化け物屋敷のような心魂をもっていること、に気づいていなければならないのである。

 ここで、釈尊が、2500年前に説いた八正道の思想に思いを致さねばなるまい。それは、

 ⑴ 正見・・・正しい見解。

 ⑵ 正思・・・正しい思い。

 ⑶ 正語・・・正しい言葉。

 ⑷ 正業・・・正しい行為。

 ⑸ 正命・・・正しい生活。

 ⑹ 正精進・・・正しい努力。

 ⑺ 正念・・・正しい気づかい。

 ⑻ 正定・・・正しい精神統一。

の8つである。この8つを、自分の日常生活の徳目として修業すべきことを釈尊は教えたのである。「もろもろの悪事をするな。多くの善を実践せよ。特に自分の心を無限に浄化してゆくのだ。これが諸仏の教えなのだよ。」と説かれたのである。

 特に、「自分の心を無限に浄化してゆくのだ。」との教えは大変、含蓄の深い教えだと思う。常時、自分の心の純粋化に勉め努力する(注:心の洗濯とも呼ばれている)、との態度を堅持していれば、大破局を招くことはまず無い筈である。一瞬の油断が、心の純粋化を妨げて自分のもっている悪魔の心を呼び起こすのである。政府の高官達や、著名な政治家達が、よく逮捕されたり、前科者になったりするが、それはいずれも、自分が犯罪者になりたいと願った上で生活してきた結果ではないと思う。そうではなくて、一瞬の油断があって、自分の心中を看取する態度が欠けていて、そこへ心底の悪魔が顔を出してきた結果だろう、と思う。それで一生を台無しにしてしまう、というのは、己が生存そのものに真の哲学(生き方の学)が欠けていたせいだ、と思うのである。

飯塚毅著 TKC出版 「自己探求」102頁より抜粋・抄録(破局は一瞬の誤断で生ずる)           

 22. 最高の生きざま

 晩年期にインドの大統領となったラダクリシュナン博士の説くところによりますと、お釈迦様は繰り返し繰り返し、次の三点を、人間の最高の生きざまの条件として説いたそうです。(『印度哲学』第1巻432頁参照)。

 その三点とは、第一が「信ずること」、第二が「洞察力をもつこと」、第三は「絶えず自分の心を耕すこと」、だそうです。この三点には、優先順位はないようです。

 第一の「信ずること」といっても、イワシの頭を信ずることでも良いというわけではありません。これが絶対に正しい、と観察したことを信ずる、ということです。例えば、妙心寺大本山の僧堂の師家(注:座禅修行する根本道場の師匠)の床の間には「刻苦光明必盛大」と書いた軸が掛けてあります。 「刻苦して修業すれば、その成果としての光明は必ず盛大なものがありますよ」という意味ですね。こういう教えを信じて生活しなさい、ということです。ところが、この「信」がなかなかもてないのです。なぜかというと、迷ってしまう人が余りにも多いからです。私は、那須の雲岩寺、故植木義雄老師に師事していた32年間に、本職の坊さんで、修業のつらさに迷って、寺を逃げ出した人を2人も知っています。

 ある時、私は植木老師と二人きりで火鉢にあたっていたことがあります。その時に私は質問しました。「老師、ちょっと伺いたいのですが、日本国中には何万人かの坊さんがおりますね。その坊さんの中で、本当に『おれは天下の大師家になるぞ』と決心している坊さんは、どれ位いるものなんですか」と伺うと。老師から返ってきた返事は、「九牛に一毛じゃよ」でした。9頭の牛の体中に生えている毛は数百万本以上でしょう。その中の一本の毛ぐらいなもんだよ、というのです。あとの方々は、ただ毎日、わけもなく、その日暮らしをしているのです。つまり、本当に「信」をもてる人というのは、何百万人に一人ぐらいしかいない、というのが真相なんです。この「信」を持ち続けるということは、大変なことなんです。

 第二の「洞察力をもつこと」も、そうなんです。多くの人は、洞察力をもっていません。ですから、人生を真に成功して生き抜く人も、全く稀なんです。というのは、殆どの人は、自分の洞察力を磨こうとはしていません。いくらかは考えますが、それは時々、思い出したように考えるだけで、自分が人間として本来具有している洞察力を本気になって磨き出そうとしている人は殆どいません。ここが問題なんです。自分について本気になっている人が、殆どいないのですから、洞察力など持てっこありません。この傾向は、今後ますます強くなっていくでしょう。多くの人は、自分の心の本質を見ようとはせず、心の対象物(心が対象にしている物)に心が奪われて、暮らしているのです。

 第三の「絶えず自分の心を耕すこと」という人もまた、殆どいないのです。心を耕すという言葉の意味は、心がどこにも囚われていない、という自己訓練を積むことなんです。禅宗の方ではよく、百練千鍛などと申しますが、それは抽象的なたとえ話であって、実際には、百回とか千回などという、そんななまぬるいものではないのです。何万回か、何百万回かの修練を積むことなのです。

 真言宗の開祖である空海(弘法大師)が18歳の時に、ある坊さんから薦められて『求聞持法(ぐもんじほう)』(正確には『虚空藏菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法(こくうぞうぼさつのうまんしょがんさいしょうしんだらにぐもんじほう)』といいます)という経典(三蔵善無畏という人が、古代インド語から漢文に訳した経典)を読み、そこに書いてあった修行法を実行して天才的な才能を磨き出した事実があります。この時、空海は陀羅尼(だらに)という古代インドのお経の文句を百万べん、しかも中間において休憩もとらずに連続して唱える、という決死の修業をやってのけているのです。途中いくたびか迷って泣いたということが『性霊集』という空海の論文に告白として出てきますが、とにかく、命がけで修業したことは疑い得ないところです。心を耕すということは一心不乱になって、自分の心を鍛え抜くことなんです。そうすると超人的な能力が出現する、ということなんですね。現に空海が60歳の時に書いた『十住心論』という論文は、当時の原書(主として漢文)を600冊以上引用して書いているのです。ペンも大学ノートも無かった時代にですよ、人間はそういう能力(驚くべき記憶能力)を、本来、備えているのですね。

 飯塚毅著 TKC出版 「自己探求」136頁より抄録(最高の生きざまの三条件)         

 23. 心を耕す

 まず分かっておいて頂きたいことは、多くの人は自分の心を見てない、ということです。そんなことあるもんか、自分が一番よく分かっているよ、と思うでしょうが、自分の心を見ている人というのは、実は達人だけなのです。非常に少ないのです。

 なぜかというと、多くの人は、臨済宗中興の祖といわれる白隠禅師が言った『二念を継がない修練』、すなわち、中国の明時代末頃にいた禅僧の、袾宏(しゅこう:1535~1615)が編集した『禅関策進』によれば「更に二念無からしむべし」という自己修練を、自覚的にはやっていないからなのです。実は、われわれ凡人は、自覚せずに無意識に、二念を継がない、という生活体験の真っ只中で生きています。これは間違いないところです。われわれは、年がら年中、二念を継がない生活を送っているのです。

 例えば、私達がご飯を食べる、もしくは、味噌汁を飲む、という経験は殆ど毎日行っています。しかし、ご飯を食べるために手を伸ばして茶碗を持ったとしても、いちいち、ひっきりなしに、「ご飯、ご飯、ご飯、ご飯・・・」、と念じているわけではないのです。味噌汁だってそうです。「味噌汁、味噌汁、味噌汁、味噌汁・・・」、と観念し続けながら、味噌汁を飲んでいるわけではないのです。つまり、われわれの生活の大部分は、二念を継がない、それを継続して思っていない、という生活の中でまさに暮らしているわけなんです。

 だったら、二念を継がない、などと殊更に言わなくたって良いではないか、と思うでしょうが、実はそうではないのです。多くの人は「知らずに(意識せずに)」二念を継がない、でいるだけなのです。そこに「自覚」が欠けているのです。「発見」が欠けているのです。これを「悟り」といっても良いのですが、つまり、二念を継がないという自分の現実の生活実相に気付いていないのです。気付かないままに、二念を継がない生活を送っているだけなのです。そこには、天地雲泥の開きがあります。自覚して二念を継がないのと、知らずに、二念を継がないで生活しているのとでは、その間に千万里の隔たりがあるのです。

 二念を継がないで生きる、ということを自覚して、ここに的を当てて修練を積んでゆきますと、次第に、自分の心が、スケスケに見えてきます。たまゆらのような、かすかな、自分の心の動きが、手にとるように見えてきます。「悟り」というのは「自覚」の代名詞と考えても良いでしょう。とにかく、自分の心の中が、針の先ほどの変化でも分かる、という状態。これが禅でいう「悟り」の状態です。自分の心の中が手にとる様に見えるのですから、「ああ、私は利己心から物を言っているな」とか、「ああ、いま自分は、怒りの中で行動しようとしておるわい」とか、「ああ、いま自分は、嫉妬心に占領されようとしている」という心の動きが、透き通って見えてくるのです。こうなると、あらあら不思議、他人の心も、同じように見えてくるのです。それが仏教の『他人通(注:仏・菩薩などが持っているとされる六種の超人的能力(六神通)の一つ)』というやつです。

 ところが多くの人はそうならない。何故か、といえば、多くの人は、この二念を継がない、という自分の精神生活の在り方を、自覚し修練していない。決意して、本気ではやっていない。刻苦修練していない。だから、自然に生活の中でなんとなく二念を継がない生活を送っているだけで、「自分が利己心の虜になっていても」、「欲望の奴隷になっていても」、或いは、「嫉妬心の鬼になっていても」、気が付かないのです。本来は、誠に不幸なことですが、現実の大衆の在り方はそうなんです。真に気の毒なことですが、大部分の人はそうなんです。

 昔、中国の宋時代にいた臨済宗の代表的な禅僧である大慧宗杲(だいえそうこう)は、「大悟18回、小悟その数を知らず」といいましたが、これは非常に正直な告白と見てよいでしょう。「あっ、そうだったのか」という悟り、発見、自覚、それが無数に積み重ねられてゆく、これがわれわれ凡人の成長の仕方でしょう。達磨大師から六代目の禅の祖師といわれる六祖恵能のように、一夜で、掌を返すように、「パッと悟る」、という人は稀で、大概の人は、無数に近い発見、即ち、小さな悟りの経験の繰り返しの中から、大を成してゆくものだ、と見てよいでしょう。この二念を継がない、という修練は、原価は一円もかからないのですから、大いにやったら良さそうなものですが、多くの人は、出来上がって固まった意識慣習に流されて、修練を怠るのですね。

飯塚毅著 TKC出版 「自己探求」139頁より抄録(心を耕す)     

 24. 自己探求とは

 常に現象の表面下に、その現象の本質を見ることは、常人には容易ではない。この場合の常人とは、対象的世界しか見ていない人、つまり平たく言うと、私どもを含めて多くの人は、現象しか見ていないのです。

 例えば、きれいなお嬢さんが目の前を通ると、「あっ、美人だ」と思う。まあ、そう思うだけならいいですが、さらに「ちょっと、つきあって見たいな」とか、「ああいう人と、一晩寝たらいいだろうな」とか思ったりする。そういうふうに、次から次へと想念が生まれる。要するに、現象だけを見て想念が動いている。例え、どんなに美人であろうとも、皮膚一枚をはぎ取ったら、惨めな醜いものだとは思わない。つまり、現象の底に本質を見る人は少ない。たいがいは、現象そのものしか見ていない。そこに、問題がある。 

 臨済宗中興の祖といわれる白隠禅師に『座禅和讃』 という文章があります。それを見ますと、ちょうど、その文章の真ん中あたりに「いわんや自ら回向(えこう)して、直に自性を証すれば、自性すなわち無性にて、すでに戯論(けろん)を離れたり」という言葉が出てくる。私は、禅寺に通いだした最初の頃に、いったい回向するって何だろうと思った。しかし、禅寺に通っているうちに分かってきた。

 つまり、「いわんや自ら回向して」の回向というのは、仏さんを拝むことではない。そうではなくて、自分の心が常に現象を見ているから、現象に突き当たってUターンする。そして、非対象的世界を常に観る。そうして、自分の心の本質をつかむ。そういう態度をとってみると、簡単に分かってしまうのです。

 つまり、現象の本質を観ることができる人は、日常生活の中に常に非対象的世界を観ることのできる人であるということである。さあ、ここが問題だ。 

 非対象的世界というのは、目で見える世界、耳で聞こえる世界、あるいは鼻で嗅ぐことができる世界といったものではありません。われわれは現象的な世界に住みながら、どうやって非現象的世界をつかむことができるか、これが問題なのです。言うなれば、これが禅の急所なのです。私は皆さんをちゃんと見ている。見ているけども見ない。それが、禅の急所なんだ。それだけなんだ。それだけなのですけど、多くの人はそこのところをつかめない。

 私はその後、不思議に思いまして、いろいろな仏教の経典をあさってみました。そうすると、ありました。

 須菩提(しゅぼだい)という優秀なお釈迦様のお弟子さんが、釈迦に向って、「どうして、あなたはそれほど雄弁にお話ができるのですか。その雄弁にお話ができる極意を教えて下さい」と言った。そのときに、お釈迦様が答えたことは、「相を取らざれば、如のごとく不動なり」(金剛般若波羅密経)。つまり、相を取らないということは、心の中に現象を取り込まないということです。現象を取らなければ、如のごとく不動である。如来のごとく不動心の中にいるんだということになる。これが、禅の急所であり、仏教の一つの急所なのである。

 つまり、現象を見ているけれども、現象を心の中にまでは取り込まない。だから、何百人いようと、何千人いようと、「相を取らざれば、如のごとく不動なり」つまり、人はいる、たしかに自分の目には見えている、しかし心の中には取り込まない。従って、いわゆるこだわりもなければ、緊張感もない。そういう状態を発見すればいいんです。それで終わりなんだ。

 私は、32年間、禅寺に通ったけれど、禅というのは結局、それだけなんだ。別の言葉で言えば、本当の自分というもの(注:主人公)にめぐり合う、本当の自分にめぐり合えば、それで終わりなんだ。そこが、なかなか分からない。まだ、何かあるだろう、まだ他に何かあるだろうと思う。ところが、何もない。「いわんや自ら回向して、直に自性を証すれば、自性すなわち無性にて」と言っている。

 つまり、自分の性格、自分の特徴というものは、全然、限定性がないんだ。何らかの限定を抱えているとすれば、それは問題なんだ。限定がない、つまり「自性すなわち無性」とは、そのことを言っているのである。

 では、それはどうやって達成すればいいか、実は、簡単なのである。現象を見て同時に見ないという自己修練をやればいいのだ。私は、23歳ぐらいのときに気が付いて「あぁ、これだ」と。それで夢中で自己修練をやりました。そうしたら、雲岩寺の植木義雄老師が、「お前は悟りを開いた」というんで、書き付けをくれたのです。実に簡単なのです。だが、簡単なのだけれども、容易ではない。

 何故、容易ではないのかというと、悟りを開くことは簡単なのだけれども、そこからさらに一歩踏み込んで、悟りを開いた状態で生きていくということになると、これは容易ではない。何故ならば、われわれはオギャーと母親のおなかから生まれてから、今日まで、意識の習慣というものが身にへばりついている。それを禅のほうでは習気(じっけ)といい、仏典のほうでは薫習(くんじゅう)という。要するに、匂い袋をタンスの中に入れておくと、タンスの中の着物に香りが移ります。そういうように、匂いが移ることを薫習という。同じように、生活慣習の中で考える考え方というものが、肉体化するほどの固定したものになってしまう。そこが問題なのです。

 中国、唐時代の禅僧、臨済宗の開祖である臨済禅師は、何故、黄檗のもとで悟りを開きつつ、さらに20年間、黄檗のもとで参禅を繰り返したのか。それを、私は分からなかった。ところが、今になって分かった。それは、薫習を脱却することができないのだ。これは容易ではない。つまり、普通の言葉で言うと、先入観を脱却することができないのです。そこで、多くの人は多かれ少なかれ、先入観の中で拘束されながら生きている。だから、なかなか事物の真相が見えてこない。

 私は、それで32年間、自分の師匠のやり方を見て、その生活のやり方の中に悟っている人間の秘密があるはずだと思って、一生懸命に注意してみた。結局、それは彼の朝晩の読経の中にあった。彼は朝飯を食う前に一時間、夕飯を食う前にも一時間、『般若心経』を三、四十回唱えるのだ。

 真言宗の開祖である空海(弘法大師)に言わせば、『般若心経』などを唱える必要はないと言う。『求聞持法(ぐもんじほう)』(正確には『虚空藏菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法(こくうぞうぼさつのうまんしょがんさいしょうしんだらにぐもんじほう)』といいます)という経典がありますが、その『求聞持法』の真ん中あたりに書いてある。その経典は、要するに、古代インドの呪文みたいなもので、私には何を言っているのか分からない。それは、それでいいのです。そういうものでいいのだと、その経典に書いてある。

 しかし、私が見たのは、古代インドの言葉ではなくて、日本語で書かれた『般若心経』なのです。それを、私の師匠である植木義雄老師は、朝飯夕飯をいただく前に三、四十回繰り返すのです。それは、ものすごいものですよ。坊主頭を振り立て、振り立て、打ち振り、打ち振り、夢中になって『般若心経』を唱える。いい加減に唱えているのではない、もう気が狂ったのかと思うくらいだ。私はこれを見て、「あぁ、これだ!ここに秘密があったのだな」と分かりました。

 『求聞持法』によれば、それは「真言」であればいいと言う。「真言」というのは、古代インドの言葉(注:、お釈迦様の真実の言葉(呪文・神呪・密呪)という意)です。ところが、この真言の唱え方は、普通の唱え方では駄目だと言う。百万遍唱えて、その間に間歇(かんけつ)を許さずというのだから凄いですよ。つまり、間を置くこと(注:休憩等)を許さない。唱え出したら百万遍唱え終わるまで、飯も食わずにやらなければならない。大変な努力です。結局、何を努力するかというと、本当の自分(注:主人公)にめぐり会うためだけなんだ。

 私は、『阿含経』という釈迦の経典を読んで、「なんだ、結局それだけのことか」と気が付いた。だが、実際は、多くの人が、本当の自分を見失いつつ暮らしている。だから、そこを釈迦が言っているのだ。本当の自分にめぐり会うだけなんだと。しかし、それには、生活の慣習の結果、雑念妄想が山ほどあるから、それを取り払って全くの純粋な己の本心そのものになって生きるためには、雲巌寺の植木義雄老師ほどの人でさえも、朝飯を食う前、夕飯を食う前の約1時間、夢中になって坊主頭を振り立て、打ち振ってお経の反復をやっている。しかし、その反復を何故やるのかと言えば、本当の自分になりきるため、本当の自分になりきって生活するためなんだ。

 飯塚毅著作集Ⅳ「物凄く伸びる会計人」206頁より詳録      

 25. 禅について(その1)

   我々は禅を探求する場合、無心になれといわれる。だから一所懸命無心を探求する。まず、無心を探求するのには心が騒いでいてはいけない。「あっ、きれいな女性が通る!!」「ああ、うまい飯が喰いたい!!」というように、年中、心が騒いでいたのでは、無心の探求はできない。だから心が騒がない状態、心がシーンとなる状態をまずつくらねばならない。心が鎮まる状態をつくるには、よく坊さんが結跏趺坐(けっかふざ)とか半跏趺坐(はんかふざ)をして、静かなところで安楽な姿勢をし、座禅をして数息観を行い、心を鎮める訓練を相当期間実践する。そうすると、心がシーンと鎮まってくる。そこで老師から与えられた公案。公案は何でもよい。与えられた公案に全身全霊をぶち込んでいく。無心なら無心になり切る、という態度をとっていく。

 ところが無念無想になり切ろうとすると、逆に雑念が猛然と湧いてくるものだ。そして、雑念とのたたかいになる。そういう場合には白隠禅師がいっているように「雑念を覚せよ」ということだ。「きたな!」「いらっしゃい!」雑念がきたときには雑念を覚すればよい。そうすると雑念はサッと去るものである。それ以上は雑念とはお付き合いをしないという態度をとる。これを何百回か何千回かやっていますと、雑念が入ってきても、「雑念よ、こんにちは、はい、さようなら。」というようにサッと雑念が去るようになりますよ。非常に頻繁な訓練を必要とします。しまいには心がシーンと鎮まる。同時に雑念がくる。きたなと感覚的に覚する。雑念よ、こんにちは、さようなら。そういう言葉を心中で唱えるわけではない。感覚の世界の消息だ。そうするとサッと去る。そういう心の経験を何百回か何千回か体験すると、雑念はいとも簡単にサッと去るようになる。そうしても、やはり無念無想というのは概念化され、表象化されてきます。やっぱり最後までついてきます。しかし言葉としての無なんかを相手としている訳ではない。言葉ではなくて、マテリアル(material)としての無を探求しているのではないですか。ザッハ(Sach)としての無。実体としての無を求めている訳だ。だから無の観念をもっていてはいかん訳だ。

 無の観念を持っている限り、それも一種の雑念だ。無という観念さえも通り越してしまう。だから、全身これ無だらけというか、無という観念さえもないという状態にくる。

 私はそういう状態が若気の至りというか、非常に平板なものであると考えてしまった。それは、22、3歳のころの考えでした。なあんだ、何等の限定なき心の中に立てばいいんじゃないか、あ、これで釈迦と同じ、これで植木義雄老師と同じ。なあんだ、これで、趙州と同じか、と思った。「馬鹿者奴!!」、それで何回も叱られた。

 そうじゃないんだ。無というものをちゃんと自覚し発見したときには、次に、全体重をかけて無の中を暴れ回ってみる必要がある。このような象徴的な言葉による表現では誤解をまねくかも知らんが、無というものの実体の中を縦横無尽に動き回ってみる必要がある。腕をもって、足をもって、舌をもって、あらゆるものをもって無にさわってみる必要がある。。勿論、無は理論的にいえばさわり得ないものだよ。さわり得ないものを象徴的に言っているにすぎない。誤解しないで欲しい。全身全霊をもって無というものの深さ、広さを吟味してみる必要がある。驚いた。だんだん分かってくる。何が分かってくるかというと、無の体験というものの主体がまったく完全に空であるということだ。

 まあ、無というものを観念として持つ。次に観念を通り越して無を主体として持つ。もはやマテリアルとしての無がおのれの胸中に属した。おのれの掌中に属した。その場合に無の主人公は何ものか。俺は無の体験者。俺は現に無を体験している。無の体験者の主人は何ものぞ。全くの空だ。ああ、釈迦はここを言ったんだな。般若心経の中で、色即是空といっているが、これだったんだなあ。ここで心身脱落、脱落心身底を身体で味わうことができる。この主体は全くの空なのである。がらりっと空なんだ。従って何もないことになっちゃうんだ。これはね、身体で味わってみなければ分からないことなんだ。何もないという限定すらも無いんだ。

飯塚毅著 TKC出版 「TKC会計人の原点」19頁より抄録(禅について)             

 26. 禅について(その2)

  汝を憎むという心、これも雑念。汝を愛するという心、これも雑念。あれはきれいだ!、それも雑念。これは汚い、それも雑念。博愛から不安感までもその一切が雑念だ。無心の中には淡々として何もないでですよ。人生には、山あり谷あり川あり、だが、淡々として、しゃあしゃあとしてこれを超えていけるか。俺は超えていくぞ!なんて構えるんじゃないんだ。淡々として超えられるかどうかということだ。これは禅の副産物というべきものだと思う。この境涯に到達すると人間の潜在能力は最高に発揮できるものだ。人間は非常に安易に、日常生活の中でこの無心を識らずにバイバスしている。私の師匠の亡植木義雄老師は二四時間中、殆ど全て無心の境地に存る。人曰く、われ無心なりと。とんでもない。おびただしい雑念妄想の虜になっているのに、観念的に無心だとそう思っているにすぎない。今、無心を経験したのに、次にはすぐ雑念の虜になる。これがわれわれ凡人の生活だ。

 鈴木大拙先生のお話だったと思うが「人間の意識には三重構造がある。上層に表面意識が、その下に無意識の層がある。その下に阿頼耶識(アラヤシキ)という層がある」と。無心は最下層のアラヤシキまでの無心でなければならない。無心無心というと、有心との対比を考え易い。有をしりぞけ、無をとるという態度をとり易い。そこで禅の修行における雑念のはたらきの重要さを知る必要がある。雑念なくして無心をつかみとる、ということもまたできないものなのである。雑念を媒体として悟りに至る。臨済は有心と無心とを染浄の二境といっている。

 「衆生本来仏なり」と、白隠禅師の座禅和讃に、大上段振りかぶった言葉があるが、われわれは本来仏であるのならば、あえて修行する必要がないではないか?この問いは、若き日の道元禅師の問いでもあった。しかしそれは違う。座禅和讃には、「いわんや自ら回向して、直に自性を証すれば、自性即ち無性にて、すでに戯論を離れたり」と。本来は仏なんだが、自ら回向しなければいけないんだ。即ち、自ら己を振り返る。己の心が己の心を振り向くようでなければならない。人間は今は駄目でも、必ず目覚めるべき本性をもっている。人間は、いわゆる自覚的存在である。自性を探求するということを媒体としなければ仏たり得ないものである。従って、禅は自性探求を第一の課題としているのである。

飯塚毅著 TKC出版 「TKC会計人の原点」25頁より抄録(禅について)        

27. 師匠の師匠

 飯塚毅先生の師匠である雲巌寺の亡植木義雄老師のお言葉や立ち振る舞いなど

「飯塚よ、座禅はな、早鐘(はやがね)を打つようにやらんと駄目だぞ」

 植木老師に尋ねたところ、ゆっくり呼吸してやっていたんでは駄目だということであった。「早鐘を打つようにやれ!」ということである。「よしきた!」と以来、「無とはいかん、無とはいかん、無とはいかん」という調子で自己に問う。目が覚めているとき、風呂にはいっているとき、糞をたれているときを問わず、あらゆる機会をとらえて早鐘のように「無とはいかん」とやったんです。このようにして実に3年間位たってしまったんです。

・・・ 飯塚毅著「TKC会計人の原点」17頁(禅について)より抄録


「老師の朝晩の勤行」

 私は、自分の師匠のやり方を見て、その生活のやり方の中に悟っている人間の秘密があるはずだと思って、一生懸命に注意してみたのです。結局、それは彼の朝晩の読経(勤行)の中にあったのでした。私が見たのは、古代インドの言葉ではなくて、日本語で書かれた『般若心経』の読経なのです。それを、私の師匠である植木義雄老師は、朝飯夕飯をいただく前に三、四十回繰り返すのです。それは、ものすごいものですよ。坊主頭を振り立て、振り立て、打ち振り、打ち振り、夢中になって『般若心経』を唱える。いい加減に唱えているのではない、もう気が狂ったのかと思うくらいだ。私はこれを見て、「あぁ、ここに秘密があったのだな」と分かりました。

・・・ 飯塚毅著作集Ⅳ「物凄く伸びる会計人」206頁より抄録


「老師は美食をしない。粗食をする。」

 老師はどのような生活をしていたか、ということを改めて思いだしてみたんだ。そうしたら老師は美食をしない。ボクが16歳の時からですが、老師に食事を持って行くわけですよ。見るとそれは実にひどいもんですよ。麦飯のやわらかいやつがお椀に半分ぐらい、あとは味噌汁、海苔。あとは万年漬けとかタクアンが三切れぐらい。そのぐらいですからね、毎日。で、昼は大体掛け蕎麦ぐらいですからね。

 つまり、現代人は過食をすることによって、エネルギーを失っておる。過食をすることによって病気になっておる。そうではなくて、人間は何を口に入れるかが問題ではなくて、口に入れたものをどこまで余さずに栄養化するかがポイントなんだよ。それを私は自分の師匠を観察して「あ、これだな」と思ってね。私は今、老師と同じことをやってるんですよ。もう、できるだけ粗食すること。

・・・ 飯塚毅著作集Ⅲ「逆運に遡る」250頁(飯塚会長をかこんで)より抄録 

     

「師匠は、毎日暇さえあれば顔をこすってる。」

 師匠は毎日暇さえあれば顔をこすってる。それをボクは思い出した訳だ。それで65歳の誕生日から、私は毎日、自分の顔、耳を含めて1000回以上こすることにしたんだ。

 ・・・ 飯塚毅著作集Ⅲ「逆運に遡る」251頁(飯塚会長をかこんで)より抄録